東大地理2023 解いてみての雑感

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東京大学前期日程 大学入試問題について

 ダニエルです。地理教育に携わるものとして、毎年楽しみにしているのが、社会に目を向けるきっかけとなる秀逸な問題が出される東大地理の問題です。

 東大は、「初見の資料や概念」を題材に、設問の流れや誘導に沿えば学習してきた教科書的事項に帰着する……という構成が毎年秀逸。新しい課題を発見し、既存知識を利用して解決策を考え、社会の利益に繋げていくという、研究者として必要な資質・力を入試で測っていることがよく伝わってきます。

 大問1つずつ分析してみます。Twitterにも長いツリーで掲載しましたが、こちらにも記述していきます。

大問1 環境問題

 設問Aは、人新世(アントロポセン)がテーマ。地質年代はそもそも「地層の中に残っている情報」から時代を区分していますが、もはや人間の活動が地層の中に情報を残すまでになってきた。その始まりの時期は諸説あり、それぞれの根拠を見ていく流れです。数年前に話題となった言葉ですが、あくまでそれは題材であり、知らなくても問題は解けます。

 記述においては、直前の「全地球的な証拠が地層中に残されることが必要であることに留意」という文言も重要です。人間の行動により社会が大きく変わった、という事柄をあれもこれも考えるのではなく、地球に情報が刻印される事項に注目する必要がある。前提を無視して出た研究結果は無価値なため、やはりこれも研究者として必要な力です。

 (1):16世紀が人新世の始まりと考えるのは、その頃の地層から新しい動植物の化石が見つかることが根拠。大航海時代を想起し、馬や牛などが新大陸に運ばれ、一方では新大陸からジャガイモやらトウガラシやらトマトやら、ナス科を中心とした植物がヨーロッパに運ばれました。

 (2):18世紀後半説もあるが、これは全地球的ではなく局所的にみられる現象だった模様。これはイギリス中心の産業革命を想起し、化石燃料の消費によって大気中の二酸化炭素やNOx、SOxが増加したことを考えます。

 (3):1950年代説は、地層に残る放射性物質に注目。トリチウムなどの放射性降下物(フォールアウト)は、1950年以降の競い合うような核実験をきっかけに増加しました。

 (4):人間の作り出したものとして地層に残りうる物質に注目。グラフでも1950年以降に急速に増加していることが分かります。グラフ左のA~Cの単位(億トン)に注目し、明らかに重いBはコンクリ。時代が進んでから急速に増加しているCはプラスチック、軽めなAがアルミ。

 (5):少し時事的な要素への注目として、プラスチックが増えたことによる環境問題が問われています。小さくても自然に分解されずに残ってしまうマイクロプラスチックが、生物の食物連鎖に入り込み蓄積していくことが問題視されています。

 設問Bは、南アジアを題材にし、自然環境や産業を絡めた環境問題。やはり環境問題や自然災害(今回は大問3)は、共通テストでも二次試験でも出てくる、注目すべき事柄です。世の中のトレンドに注目して課題を発見する姿勢も、やはり研究者に求められる資質といえます。

 (1):「湿地から発生するガスがある」という誘導→「ある農作物の栽培でそれが出る」。三段論法的に「湿地で栽培する作物」と考えられます。水を張った嫌気環境の土壌ではメタン生成菌が活動します。牛のゲップはともかく水田からのメタンは意識外の受験生も多いかもしれません。ただ、Aの地域はガンジスデルタなので、稲作にしか帰着できなさそう。ジュートは無関係でしょうし。

 (2):5月と11月、半年周期で火災に繋がるような人間活動をしているらしい、と問題文で教えられています。火災は落雷など偶発的な原因で生じるという認識の方が多そうな中、定期的に火を扱うのは何故か、を想像する力が必要。二毛作の切り替えに伴う野焼き(わらや枯草を処分)をうまく想起できるでしょうか。

 (3):PM2.5の出題も数年前にありました。「山脈の中腹でPM2.5の影響」ということを問題文で教えてもらっていますが、険しい山脈中で排気ガスを出す工業が盛んとは考え難いです。そこで「6月から9月」に注目。産業活動の盛んな地域で発生した大気汚染物質が季節風で輸送されるのでしょう。「気候条件に関連」というのが優しいヒントです。

年代 雅夫 (著), 2022, 教学社

大問2 第一次産業

 設問Aは、水産業の中でも養殖業に注目。30年間の変化も確認します。表や資料が与えられたら、しっかりとその意味を「言語化」する作業が、共通テストでも二次試験でも肝要です。海水は海、淡水は川、汽水はその混ざり合うところのこと。

 (1):早速の言語化。ア:海水での養殖がほぼない。川で養殖するにあたり、3国の中で最も「大河川」がありそうなのは? ……メコン川を想起、ベトナムです。海水中心のイとウの中で、やけに水生植物の養殖が多いイ。養殖する海の植物として、韓国ノリが想像できれば勝ち。

 (2):「養殖の増大」の背景を「水産物の需要・供給の両面に注目」する、ということは、「魚の需要は増えた」「でも漁業では供給不足(増やせない)」→「だから養殖することに」という流れのはず。消費が増えたことと、資源保護のための漁獲規制などもあって需要に応えられるほど増やせないという点を肉付けして解答を作ります。

 (3):問題文がややこしいので、落ち着いて問題文に< >などをつけて整理しましょう。中国ではチョウザメ(キャビア関係)も養殖していますが、インドネシアやベトナムも含めるとウナギあたりが適切か。汽水域は、マングローブを伐採してエビの養殖をしているという定番知識。ノルウェーとチリといえばサーモン(さけ・ます)。どちらもフィヨルドがある国です。

 (4):勢いで、持続可能なタイプの水産業として栽培漁業を書きたくなってしまいましたが、あくまで養殖業について書く必要がある問題だと思われます。稚魚を海から取ってきての養殖だと結局天然魚が減って生態系に影響が出るので、卵からの完全養殖をして資源を保護しています。

 設問Bは小麦関係。 (1):80年代以降、中国がインドを引き離して成長したようです(インドも少し前の時期ぐらいから緑の革命で伸びたが)。時代と中国の社会を照らし合わせて、社会主義体制の限界が見えてきて、人民公社の解体が行われて生産責任制に転換していったことを想起。

 (2)ハンガリーの90年代の大幅低下について。これもその時期の社会情勢を考えましょう。東欧革命で社会主義から転換して市場経済化した、その転換期にあたります。ただ指定語句が結構難しく、そのときに農業補助金削減されて肥料が買えなくなったかどうかは意識している人は少ないかも。ただ、社会主義体制では農業も国家主導なので、それが資本主義で自己責任になるなら、補助金の削減といえる状況にはなるはず。

 (3):中国で小麦が減→増となっていることについて、「どんな政策によるものですか」と聞かれています。これも指定語句が少し困る。飼料を大量輸入している状況は不安定なので、食料の安定確保・安全保障のためには飼料も自給できるようにしよう(日本も減反廃止で飼料用米を奨励したり)としますが、飼料としてはトウモロコシや大豆が多く、小麦も飼料としての輸入が増えていて……という流れを、指定語句の肉類消費から想像するのは少し勇気が必要かも。

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大問3 都市・居住

 設問Aは地形図の問題。宅地化を進めていくなかで、災害の起こりやすい地域まで住宅にしているところが増えている点について。(1)は山から平地に出る部分の扇状地。(2)は尾根に針葉樹、谷は土砂が流れて荒地になっていることに注目。

 (3):ちょうど谷の口の部分にある建造物で、自然災害後に建設されたというヒントもあります。(2)でも見たように、谷筋は豪雨災害時に土石流が下って根こそぎ荒地になります。これを食い止めて住宅を守るために砂防ダムができました。なまじこういう建築技術があるから、危険な土地にその後も住み続けてしまう気もしますが……。

 (4):人間はラクしたいと思っていろいろな活動をしています。水も手に入りやすいし家も建てやすいし道も引きやすい、平らな沖積平野の土地が先に埋まり、水道技術が向上すれば台地にも都市ができ、……それでもなお住宅需要があれば、リスクの高い土地でも家を作って売って儲けようとする人が出てきます。

 設問Bは住宅と居住関係。(1):東京は単身者が多くやってくるため世帯人員も住宅部屋数も小ぢんまり(D)。北海道は範囲が広すぎて一般化して考えにくい……。富山は砺波平野の散居村を想起すると1つ1つが大きめの屋敷で部屋数は多い(A)。Aと同様に1世帯当たり人員が多いのは沖縄(B)。

 (2):雪国は屋根が三角で、家が潰れないようにしているのではなかったかしら、でも北海道も平らなの? となってしまうかもしれません。三角屋根だと、雪下ろし時の事故も起こりやすいし、勝手に雪が落ちるのも、住宅が増えた近年では隣人トラブルにも繋がります。北海道はパウダースノーで風に乗りやすく飛んでいくこともあり、平らでもそんなに潰れるほどにはならず、うまく融雪して流れていくようにした無落雪屋根が多い模様。沖縄は台風が襲ってくるので、下手に屋根が三角だと風を受ける表面積が大きくなって家が破壊されかねません。

 (3):木造が減って鉄筋コンクリートが増えた理由。「当たり前では?」と思いそうなことを、人口移動と関連させて書く必要があります。郊外の一戸建て(鉄骨もあるけど8割ほどは木造)に住む人が減り、都市部のマンション(地価が高いので垂直的に住みがち。高層になりがちで、ほとんどが鉄筋コンクリート)に住みます。人口の都心回帰も関係していると言えそう。

 (4):割とシンプルな問題です。世帯規模はこれまでより縮小(核家族化)しており、世帯数は増えて住宅総数は増加するものの、こぞって地方圏を出て都市部にやってくるので地方では人口減少が。高齢者が一人で暮らせなくなって施設に移ったりすることも増加しており、それらの影響で空き家が増加しています。

年代 雅夫 (著), 2022, 教学社

終わりに

 今年も東大の問題は、初見の資料や題材をきっかけにしつつ、帰着する記述すべき内容自体は教科書を逸脱しないレベルで、「学んだことが活きる瞬間」を実感できる良問が多いです。解けば解くほど机の上の学習が線で繋がる、これぞ学習の醍醐味という感じで、非常に素晴らしいです。

 個人的には、東大2011 大問1 設問Bの、あまりにも完璧な場所選定の地形図問題が、歴代でも最も解いていてテンションが上がります。そのレベルのものにまた出会いたいものです。

 受験した生徒はお疲れさまでした。輝かしい未来が待っておりますように。来年以降に受験する生徒は、日々の学習を大切にし、着々と実力をつけていってください。

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